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誰しも少しずつ「人間失格」なんだと思う。『人間失格』より

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自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食いちがっているような不安、自分はその不安のために夜々、転輾し、呻吟し、発狂しかけた事さえあります。

いわゆる「普通」と言われているものから大きく自分が外れていることを感じることは誰しもあるはず。


「ネジの外れた」とか「ぶっ飛んでる」とか「狂気的」とか。
そんな「普通」ではない部分を直視して「どうして自分は」と鬱々とした気分になることもあれば、そんな「違い」を愛して付き合っていくしかないのだと自分を納得させることもある。

しかし、面白いことに、人と会って話してみると自分が思っているような「普通」な人というのが意外と見つけられない。自分ばかり見ていると、そのほかを集合体として捉えて孤立してしまいがちだが、見渡してみれば「普通」なんて意外とないのかなとも思う。

誰しも、その人ならではの狂気というものを持っているのかな、というのが今の自分の解である。

 

人間失格』と太宰治

狂気の形は色々あれど、ここまでわかりやすく「人間失格」な人もいたもんか、と思わせてくれるのが太宰治の代表作『人間失格 (角川文庫)』だ。

タイトルを知っている人は多いはずだ。ただ、読み進めていくと『人間失格』は太宰自身の生涯の話ではないということを知らされる。家族からの仕送りを酒にタバコに淫売婦、さらに左翼思想へとつぎ込み、挙句の果てに女のヒモ、さらにはそんな女との自殺未遂(女は死亡)という内容。のちにそれらを振り返り、「実家がお金を出すから学校に行け」と念押ししてくれなかった身元保証人のせいだ、とまで思っている始末。

救いようのない人生の記録ではあるが、物語を通して、根底にあるのは主人公の病的な精神、「普通ではない」という自意識、弱虫というところが面白い。

調べてみると、太宰治自身も自殺未遂に薬物中毒など乱れた私生活を送っていたようだ。太宰治の生涯についてはこちら。作家には鬱や精神病が多いとは言うが、一度でも通っていないと共感の及ばない領域というのはあるのだろう。

 

人間失格』より

恥の多い生涯を送って来ました。

個人的には第一の手記の出だし、この一文ですでにやられてしまった。読んでいて、「とんでもない人だな」なんて思いながら、部分的に共感できてしまうことが散りばめられているところが面白い。以下は本文からの引用。

 

何が欲しいと聞かれると、とたんに、何も欲しくなくなるのでした。どうでもいい、どうせ自分を楽しくさせてくれるものなんか無いんだという思いが、ちらと動くのです。と、同時に、人から与えられるものを、どんなに自分の好みに合わなくとも、それを拒む事も出来ませんでした。
イヤな事を、イヤと言えず、また、好きな事も、おずおずと盗むように、極めてにがく味い、そうして言い知れぬ恐怖感にもだえるのでした。つまり、自分には、二者選一の力さえ無かったのです。これが、後年に到り、いよいよ自分の所謂「恥の多い生涯」の、重大な原因ともなる性癖の一つだったように思われます。

 

自分は、修身教科書的な正義とか何とかいう道徳には、あまり関心を持てないのです。自分には、あざむき合っていながら、清く明るく朗らかに生きている、或いは生き得る自信を持っているみたいな人間が難解なのです。

 

弱虫は、幸福をさえおそれるものです。

 

自分は、皆にあいそがいいかわりに、「友情」というものを、いちども実感した事が無く、堀木のような遊び友達は別として、いっさいの附き合いは、ただ苦痛を覚えるばかりで、その苦痛をもみほぐそうとして懸命にお道化を演じて、かえって、へとへとになり、わずかに知合っているひとの顔を、それに似た顔をさえ、往来などで見掛けても、ぎょっとして、一瞬、めまいするほどの不快な戦慄に襲われる有様で、人に好かれる事は知っていても、人を愛する能力に於いては欠けているところがあるようでした。

 

「世間というのは、君じゃないか」

 

自分はいったい俗にいう「わがままもの」なのか、またはその反対に、気が弱すぎるのか、自分でもわけがわからないけれども、とにかく罪悪のかたまりらしいので、どこまでも自らどんどん不幸になるばかりで、防ぎ止める具体策など無いのです。

 

死にたい、いっそ、死にたい、もう取返しがつかないんだ、どんな事をしても、何をしても、駄目になるだけなんだ、恥の上塗りをするだけなんだ、自転車で青葉の滝など、自分には望むべくも無いんだ、ただけがらわしい罪にあさましい罪が重なり、苦悩が増大し強烈になるだけなんだ、死にたい、死ななければならぬ、生きているのが罪の種なのだ、などと思いつめても、やっぱり、アパートと薬屋の間を半狂乱の姿で往復しているばかりなのでした。

 

見渡してみても、ため息が出るほどの内容だが、どこかに共感してしまう箇所はないだろうか。

もう一度言うが、やっぱりぼくたちは誰しも、どこかで「人間失格」なのだと思う。時を経て人が『人間失格』を手にとってしまうのも、ある種救いようのない人生の記録がどこかで誰かの狂気に寄り添って救いとなっているからなのかもしれない。

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