テレビの前のみなさん、ラジオを聴いてるあなた
ここ数年めっきりテレビを見なくなった。ぼくの周りにはテレビを見なかったり、そもそも一人暮らしの部屋に置いていないという人も多い。時折サッカー日本代表の試合とかライブ性のある番組は観たくなることがあるけれど、狙って何を見たいというのはない。たまたまテレビをつけていたら、北海道の漁師のドキュメンタリーが始まって見入ってしまったとか、偶然得した気分になることもあるから「テレビが面白くない」という一辺倒な否定はできないだろう。
それでもやっぱりテレビには「自分宛て」の情報は限られている。
ではテレビを見なくなった分、何をするようになったのか。単純に慌ただしいというのもあるが、本を読んだりインターネットにアクセスして情報や知識を得たりしている。本やWEBメディアで得られる情報というのは、ある程度、意図的に選択しているというだけあって圧倒的にテレビよりもジャストミートすることが多い。これは自分のために書かれているんじゃないかと思えるコンテンツもたくさんある。同時にそうやって摂取する情報は偏ってしまってはいないか、という心配もあるのだが…。
これはどっちがいいとかの好みの話じゃなくて、それぞれの性質の問題である。今回はそんな媒体特性についてのお話。
「ラジオの前のみなさん、こんばんは」
宣伝会議主催のある日の講義、博報堂ケトルCEOの嶋浩一郎さんがお話されていたことがとても興味深かった。
2009年にフジテレビとの専属契約満了後、フリーアナウンサーとなって他局へ出演する過程でラジオにも出演することになった滝川クリステル(敬称略)のお話。
なんでも、第一声でラジオリスナーをがっかりさせてしまったのだそう。以下がそのときの冒頭挨拶。
「ラジオの前のみなさん、こんばんは」
至って普通な響きに聞こえるが、実はこの“みなさん”という部分がリスナーからの「滝川クリステルはやっぱりテレビの人。わかってないな」という声の理由だったのだとか。ラジオと言えば、車の運転中に聞いていたり、一人夜の部屋で流していたり、多くの場合“一人で”それを聞いている。
リスナーとしては、それを全国で自分以外の人が聞いていることがわかっていても、自分に向けて届いているものであってほしいという想いがどこかにあるのだろう。「ラジオの前のあなた」として楽しみに聞いている(多くは無意識に)。MCが音楽を「お送りする」という表現などはそんなニュアンスを感じる。
天才ラジオパーソナリティ、中島みゆき
上記の例とは逆に、ラジオの文脈を天才的に理解しているパーソナリティがいるという。それが国民的シンガーソングライターの中島みゆき(敬称略)だ。
実際に中島みゆきがパーソナリティを務める番組を聞いたことはないが、1970年代から2010年代の今日までオールナイトニッポンなど多くの番組に出演しているところを見る限り、多くのリスナーの心を掴んでいたのだろう。「あなた」とか「あんた」と呼びかけられながら、まるでラジオ越しにそこで話しかけられているような体験にリスナーは中毒になってしまったのかもしれないな、とか想像できる。
彼女の名曲『ファイト!』が番組に寄せられた手紙をきっかけに生まれたという話は有名だ。中卒の17歳の少女が理不尽な世の中に屈折する寸前、助けを求めるかのように中島みゆきに向けて書いた手紙だ。このエピソード自体にラジオパーソナリティとしてリスナーの心に肉薄していた様が伺える。
ラジオの前では「あなた」と呼ばれたい。呼んでほしいのだ。
マスとWEBのコミュニケーションも
ラジオパーソナリティとして二人の例を引き合いに出して紹介してきたが、テレビや新聞をはじめとしたマスコミと、驚異的なスピードで浸透したWEB、SNSの対比はテレビとラジオの関係性をもって説明できる、と嶋さんは言う。
確かにWEBでコンテンツをつくるときには、想定読者のターゲティングとその読者にどう寄り添えるかを考えることがもっとも重要な工程になる。誰もが表現者になれるだけに、ジャンクな情報も溢れてきていることは確か。それでも声を上げ続けること、ぼくたちが内包する課題について、自覚することなく悶々とメッセージを待っている人たちがたくさんいる。もしその課題を言語化できるのであれば、そこには発信する使命が宿る。そうやってしかるべき読者に届いたメッセージは恐ろしいほどのシンクロを引き起こすのだ。
誰もが「自分宛て」を探している。
ということでAmazonで購入した中島みゆき全歌集を読んで、聴いて勉強することにしよう。
最近『命の別名』ばかり聴いている。
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