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長い老後に「渡り鳥」という尽きない愉しみ──66歳、レンズ越しにこれからが広がる

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火の鳥」の異名を持つアカショウビン(写真提供:岩辺年晴)

2016年にロンドン・ビジネススクール教授リンダ・グラットンの『LIFE SHIFT』(邦訳は東洋経済新報社)が話題を呼び、日本でも省庁や企業組織が積極的に用いるなど「人生100年時代」の標語が定着して久しい。

住民台帳に基づく100歳以上の高齢者の人口は、2020年9月1日時点で初めて8万人を突破して8万450人を記録。文字通り「人生100年」を現実にする人は今後ますます増えることが予想され、厚生労働省は「70歳定年」を2021年4月から企業の努力義務にするなど、年齢のまとう印象が見直されようとしている。

 
昨年、約半世紀に及ぶ会社員生活を引退した岩辺年晴さん(66)は、いわゆる「老後」の入り口に立っている。高校卒業後、造船工場に就職。大手ハウスメーカーを経て古巣の造船工場へと戻り、定年まで勤め上げた。

定年退職を機に手に余る時間の過ごし方に悩むケースも散見されるなか、趣味のカメラについて嬉々として語る年晴さんの表情に曇った様子は微塵もない。

1000枚以上撮影する日も

サンコウチョウ

尻尾の長い雄のサンコウチョウ(写真提供:岩辺年晴)

「撮りたいのはほとんどが渡り鳥。コロナで外出を自粛していたのもあるけど、7月から9月は『鳥枯れ』と呼ばれる渡り鳥の見られない季節だったから、ようやくシーズンが始まったところだよ」

現在は3日に1回のペースで複数ある撮影スポットのどこかに繰り出し、多いときには1000枚以上撮って帰る日もあるという。

サンコウチョウとかアカショウビンみたいな小さい鳥は機敏だから連写じゃないと難しい。家に帰ってからピントの合った写真を探すけど、その作業の方が撮るよりもずっと時間がかかるよ」

年晴さんが愛用するカメラの本体は高速連写に定評のあるSONYのα7R III、装着するのは100-400mmの超望遠ズームレンズだ。

「7〜8メートルくらいの距離なら羽毛まで鮮明に撮れるよ」

通称「ライトバズーカ系」と呼ばれる100-400mmレンズを装着した状態。値段は購入当時で本体のα7RIIIが35万円、超望遠レンズSEL100400GMが33万円 (写真提供:岩辺年晴)

 「最近は高台の展望台からタカを撮ろうとしているけど、今のレンズだと飛んでいる猛禽類はうまく撮れないな…。同じ場所で10人くらいがカメラを構えているけど、みんな『大砲』というもっと大きな単焦点のズームレンズを使ってるから」

いま気になっているSEL600F40GMは単体で定価163万円(税別)の超望遠レンズなのだとか。

「肩身の狭い思いをしているからね。どこかに親孝行の息子でもいればいいんだけど…」

 

「鳥友さん」から刺激を受けて

 撮影スポットで何度か挨拶するうちに情報交換をする仲になった人もいるそうだ。撮影のコツや珍しい鳥の出没スポットをそうした「鳥友(とりとも)」に仰いでいるという。

「70代半ばの人が多くてカメラ歴もずっと先輩。週3回はスポーツジムに通って撮影のために鍛えているみたい」

刺激を受ける年晴さんも撮影に訪れた公園でのウォーキングに加え、自宅ではラジオ体操と腕立て伏せを欠かさない。

「撮影するときってだいたいレンズを上の方に向けていないといけないから。2〜3キロあるレンズをその体勢のまま構え続けるにはすごく体力が要る。特に腕力がね」

コサメビタキ

コサメビタキ(写真提供:岩辺年晴)

これから撮りたいものは何か尋ねた。

「いつか行きたいと思ってるのはオホーツク海砕氷船。船上でロシアから南下してくるオオワシを撮ってみたい」

具体的な目処はまだ立っていないという。焦る必要はないだろう。鳥友の編隊(へんたい)にゆっくりと加わったように、現在66歳の年晴さんの「老後」もまた始まったばかりだ。

ゆったりと構えていれば、渡り鳥のように規則的ではないにしても、どこかで道草を食っている息子がレンズ1つを小脇に抱えて現れる日が来ないとも限らない。

オオワシを撮るならそれからでも遅くないだろう。今のレンズではうまく撮れないのだから。