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退屈な国道、饒舌な青年たち

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岩井海岸で夕日を待つ3人

居酒屋やバーなんかでテーブルを挟んで人と正対するよりも、カウンター席に横並びで座ったほうが話しやすかったりする。

人と、できれば長い距離をうだうだと歩くことにはそんな横並びのカウンター席に近い愉しみがあるかもしれない。

巡礼者は幸いである。あなたが最も気にしていることが、ただたどり着くことではなく、他の人と一緒に目的地に到着することならば。
(「巡礼者の垂訓 第2の教え」より)

 
            ◇ ◇ ◇

大学時代の後輩が営む藤沢のシーシャバーで年始に盛り上がったのが事の発端だった。元バスケットボール選手で人誑しのハナレと、6年前にエジプトの安宿で意気投合したソウちゃん。ハナレは東京から故郷の福岡までを自転車で走破し、ソウちゃんは砂漠に草原に無人島…と冒険譚が尽きない。旅の経験値や体力という点では文句なしの強者たちだ。かくいう私も学生時代にスペインで780キロの巡礼路を歩いた経験がある。

「このメンバーでどこか歩きたいね」

日付が変わっても話は尽きず、体力を持て余して深夜の江ノ島を目指して歩いているとハナレがつぶやいた。自由人3人にしては珍しく翌日には早速LINEグループが作られ、計画は動き始めたのだった。

出発地点を君津にしたのは、ゴールの野島崎灯台まで62キロという距離が週末2日間で歩く分にはちょうどいいだろうという目論見から。

金曜日の終電までに君津に入り、翌早朝にどこかで落ち合おうという流れを漠然と共有していたが、数時間の仮眠のためにホテルに宿泊するのもどうだろうということで、向かう先は国道沿いの自遊空間で自ずと一致した。

翌土曜6時15分に出発。あいにくの雨もかろうじて傘はいらないレベル。ここから館山市まで伸びる内房なぎさラインをひらすら南下する。

看板の大きなCOCO’S、ケンタッキー、スシロー、それにラーメン山岡家。国道一号線が市内を貫通する故郷にも同じような店舗が並んでいた。郊外の幹線道路沿いというとどこに行ってもこんな調子だ。

ただ景観の冴えない国道が退屈かといえばそんなことはない。何の変哲もない風景は、むしろ青年たちを饒舌にした。一人で歩いていたら、きっと気が滅入っただろう。

緩やかな峠を越えて富津市に入ると車線が減り、一気に歩行者の肩身が狭くなる。トンネルを抜けると轢かれた動物の死体が目に入ってきた。大きさから見るにイタチというよりはタヌキだろうか。

「死生観とかあると?」

会う人に尋ねるのが最近のルーティンなのだというハナレ。

しばらく思いを巡らせることのなかったトピックに脳が一瞬混乱する。死後の世界、輪廻転生について、あったところで今の自分とこの人生からすれば管轄外と思っているのだから信じていないことになるだろうか。分からない。

実のところ、死後についてよりも死に方のほうに興味がある。数年前、仕事や家族関係がうまくいかずに最低限の仕事だけを持ち込み、日本から半ば逃避する形で物価の安い東欧に滞在していたことがある。

ひどく鬱屈としていた私は、飛行機の窓から暗闇に浮かび上がる中国や中央アジアの都市の赤や橙の明かりを眺めては「この飛行機が落ちたらいいのに」なんて考えていた。現実が苦しくてたまらなくても、自分でそれを終わらせる勇気も気力もなかったのだ。

その後、帰国してなんとか気を持ち直し、フルタイムで働く今はADHD治療薬のコンサータ錠を服用することで仕事と程よく付き合えている実感がある。生活もそれなりに充実してきた。

以前からだが、どういうわけかコンサータの服用についてソウちゃんはムキになって反対する。

「絶対にやめた方がいい。薬なんて続けても依存につながるだけだし、頼ってる以上は自己肯定感なんて得られるはずないんだから」

視力の悪い人がメガネをかけるのと同様に、注意散漫な自分が薬の力を借りて日常生活を送ることができているのだからそれでいいじゃないか。居酒屋で面と向かって言われたらイライラして席を立ったかもしれない。実際、少し前にLINEで薬の話題になったときには「話を変えよう」と私のほうから切り出した。

自分以外の人のことを分かりたいという思いを持っている。だから本を読む。旅をする。しかし限りなく詳しくなることはできても、相手のものの見方、感じ方、分かり方を完全に理解することはできないというのが私の考えだ。諦めと言ってもいい。苦痛ならばなおさらだ。

そんな前提があるからこそ、自分を基準に相手を推し量る傲慢さに出遭うたびに辟易してきた。このときも頑固なソウちゃんに正直参っていた。

でもソウちゃんが続ける。ハナレが興味津々で続きを聞きたがったからだ。

「自分が認める数少ない『友達』が医者から障害者のレッテルを貼られて、薬なしに生活できないくらいには自信を失くしている。そんなことを知らされる俺の気持ちにもなってみろよ。薬を飲み続けるのは俺への侮辱と同じだと思ってるから」

30歳になった彼が少し前まで強いコンプレックスの持ち主で自己否定の念に駆られていたことは何度か本人から聞いている。日本人宿のドミトリーで最初に出会ったときにも、自らの手に余る世界の不条理と、個を翻弄する社会システムに憤っていたのを覚えている。

「自分だけの合図を作って身体に刷り込ませるのがいいよ。例えば耳の後ろを押したらその瞬間から集中モードに入ることにするとかさ。要はパブロフの犬だよ。実際に行動が呼び起こさせるようになるまでは訓練だけど」

自分で自分をプログラムする。冒険に必要であれば、道具や装置さえ自分でつくってしまうソウちゃんらしい提案だった。

「どっちの感覚も本当のところは分からんけど、言いたいことは分かるなあ」

一人やりとりを聞いていたハナレが満足げな表情で会話に戻ってきた。

「自分の問題と自分の手には余る問題の識別ができればもう少し楽になると思うけどね」

            ◇ ◇ ◇

前夜から降り続いた雨は午前10時頃には上がった。歩き始めておよそ4時間、内房なぎさラインがちょうど東京湾沿岸に差し掛かったところ。

内房線上総湊駅あたりからしばらく続く海岸線では、歩道のない歩行者泣かせのトンネルが続く。狭いトンネル内では、肩をすぼめる一行の横15センチというところを大型車が通過していくたび肝を冷やした。

また一つトンネルを抜け、Google Mapを確認する。最南端まではあと45キロ。