『茨木のり子詩集』は整合性を保つための最後の砦
ぱさぱさに乾いてゆく心をひとのせいにするな みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを友人のせいにするな しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを近親のせいにするな なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを暮しのせいにするな そもそもがひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい自分で守れ ばかものよ
自分の不出来・不遇を他人や環境のせいにしてしまうことがある。
人間は環境に大きな影響を受ける生き物であり、関係性の中に生きている以上そうした外的要素に左右されることは珍しくない。
そういって自身の至らなさの原因を外に擦りつけて一時の救済を得ても、
その後やってくるのは深い自己嫌悪と、再び三たびうまくいかない惨めな自分の姿だ。
誰かのせいに、何かのせいにしてしまいたい。
自己の整合性が音を立てて崩れるその寸前に、いつもこの詩を思い出すのだ。
そう、これはぼくの最後の砦である。
茨木のり子さんのプロフィール
1926年生まれ。戦後詩を牽引した日本を代表する女性詩人。他にもエッセイスト、童話作家、脚本家でもあった。2006年に亡くなる。第二次世界大戦の渦中に自身の青春(15~19歳)が重なり、その様子は「わたしが一番きれいだったとき」に綴られた。有名なこの詩は国語の教科書にも載っていることで有名。
冒頭の詩の印象が強く、強い女性というイメージで見られる。しかし詩の中には献身的な妻としての、乙女としての一面、お茶目なところも詩に表れていて、出会ったこともないのに「かわいい人」という印象を抱く。
以下『谷川俊太郎選 茨木のり子詩集』より
ひとびとは探索しなければならない 山師のように 執拗に
<埋没されてあるもの>を ひとりにだけふさわしく用意された<生の意味>を
不毛こそは豊穣のための<なにか>
分別ざかりの大人たち ゆめ思うな
われわれの手にあまることどもは 孫子の代が切りひらいてくれるだろうなどと
いま解決できなかったことはくりかえされる
より悪質に より深く広く
これは厳たる法則のようだ
落ちこぼれ 結果ではなく 落ちこぼれ
華々しい意志であれ
さくらふぶきの下をふららと歩けば 一瞬名僧のごとくわかるのです
死こそ常態 生はいとしき蜃気楼と
それぞれの硬直した政府なんか置き去りにして
一人一人のつきあいが 小さなつむじ風となって
はたから見れば嘲笑の時代おくれ
けれど進んで選びとった時代おくれ
もっともっと遅れたい
あらゆる仕事 すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと…
また、この本の最後には茨木さんと大岡信さんの対談が入っていて、こちらもまた金言が散りばめられている。以下は茨木さんの対談コメントの抜粋。
だからやっぱりね、詩が好きだったのかなあと思うわけですよ。それに費やす時間は勿体なくないってことは。
何々主義、何々イズムというものに則って書くと、やっぱり足を取られることになりません?それで駄目になってゆく例は戦後でも多かった。むしろ衝動的なものを大事にして、衝きあげてくるものをどう書くかしかなくて。
「衝きあげてくるものをどう書くか」
瞬間を逃さないこと、留めようと書き記しもがくこと。
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