さぐりさぐり、めぐりめぐり

借り物のコトバが増えてきた。

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移動時間の豊穣。宮本常一が父から授かった手紙と共に

移動時間が好きだ。
長距離バスや列車に乗って、車窓から知らない街を、田畑を、川を眺めているのがいい。

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北東北の雪原
雪原の中を一直線に北へ向かう各駅停車の東北本線では、乗っては降りていく乗客のおしゃべりに耳を傾けるのが楽しい。方言で今日の出来事を話す高校生たちの素朴さがいい。黒磯を過ぎたあたりから一気に雪深くなる。数十キロ先の異世界。

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遠野の朝日
花巻と釜石を結ぶ釜石線の前身・岩手軽便鉄道宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のモデルなのだとか。コトッコトッ。雪原を進む単車両が耳あたりの良い音をこだまさせてゆく。全ての駅の看板には、賢治が掲げた理想の全人類共通言語であるエスペラント語の駅名も記されている。

 

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エチオピア北部の車窓
ゴンダールからバハルダールを目指すエチオピアのローカルバス。国土の大半が標高2000メートル以上に位置するこの国では、ひんやりとした朝夕に人々が大きな布をまとって歩く。木の棒はヤギや牛など家畜の進行方向を軌道修正するためにある。

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エチオピア北部の牧草地
夕日に照らされた緑色の草を喰む色とりどりの牛たち。ボディムルシ族の人々は茶色の中に無数の色の名前をつけて呼んでいるのだそう。

移動時間は豊穣のとき。目的地に到着することがどこか心寂しく思えることがある。決して短くはない距離をここまで運んできてくれた列車が、すでに次の駅へ向かうため押しボタン式の扉を閉め、進行方向にノロノロと動き出している。「到着してしまったじゃないか」と。

 
忘れられた日本人 (岩波文庫)で知られる20世紀の民俗学者宮本常一。貧農家庭に生まれた宮本だが、大阪にある逓信講習所入校のため、17歳で故郷の周防大島を離れることになる。その際に父から授かった手紙がどうしようもなく素晴らしいので残しておきたい。
一、 汽車へ乗ったら窓から外をよく見よ、田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺きか、そういうこともよく見ることだ。駅へついたら人の乗りおりに注意せよ、そしてどういう服装をしているかに気をつけよ。また、駅の荷置場にどういう荷がおかれているかをよく見よ。そういうことでその土地が富んでいるか貧しいか、よく働くところかそうでないところかよくわかる。

二、 村でも町でも新しくたずねていったところはかならず高いところへ上ってみよ、そして方向を知り、目立つものを見よ。峠の上で村を見おろすようなことがあったら、お宮の森やお寺や目につくものをまず見、家のあり方や田畑のあり方を見、周囲の山々を見ておけ、そして山の上で目をひいたものがあったら、そこへかならずいって見ることだ。高いところでよく見ておいたら道にまようようなことはほとんどない。

三、 金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ。

四、 時間のゆとりがあったら、できるだけ歩いてみることだ。いろいろのことを教えられる。

五、 金というものはもうけるのはそんなにむずかしくない。しかし使うのがむずかしい。それだけは忘れぬように。

六、 私はおまえを思うように勉強させてやることができない。だからおまえには何も注文しない、すきなようにやってくれ。しかし身体は大切にせよ。三十歳まではおまえを勘当したつもりでいる。しかし三十すぎたら親のあることを思い出せ。

七、 ただし病気になったり、自分で解決のつかないようなことがあったら、郷里へ戻ってこい、親はいつでも待っている。

八、 これからさきは子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならない。

九、 自分でよいと思ったことはやってみよ、それで失敗したからといって、親は責めはしない。

十、 人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大切なものがあるはずだ。あせることはない。自分の選んだ道をしっかり歩いていくことだ。

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宮本 常一 岩波書店 1984-05-16
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