さぐりさぐり、めぐりめぐり

借り物のコトバが増えてきた。

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ふたご座流星群を見ると思い出すのは

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深夜1時30分。習慣になっている夜更かしの途中、ちょっと作業のおともを探しにと歩いて5分のコンビニに向かう。途中、右手に大きな公園があって、真ん中のグラウンドを囲む背の高い木々の合間からは都内だというのに意外なほどクリアな星たちが顔を覗かせている。

昨日や一昨日と何一つ変わらない住宅街の夜道をボーっと歩いていると、すでに葉っぱの落ちた木々の合間、確かにそれが確認できた。

何年ぶりだろう。それは0.03秒くらいの異変ではあったが、紛れもなく流れ星だった。そうか、今日はふたご座流星群の極大日だとか職場の休憩所のテレビで見た記憶がある。月の見当たらない今夜は天体観測には申し分ない。

コンビニでいつものようにカップラーメンコーナーを徘徊するのをやめ、あったかいミルクティーと砂糖がたっぷり乗っかった甘そうなパンを買って公園のグラウンドに向かう。

暗闇に1人、同じように直立したまま上を見渡す人影が見えた。東京にもこうして流れ星を寒空の中眺める人がいるというのを見ると捨てたもんじゃないなとか思う。

 

 

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昔は流星群と言えば、ぼくにとって大イベントだった。小さい頃に父親に連れていってもらったしし座流星群では1時間に50個くらいの流れ星を見た記憶がある。それから中学の仲良し連中と夜の田んぼの畦道に寝転がって見たり、高校時代の相棒と夜中チャリで行った海だったり、大学のサークル仲間と目指した石廊崎、バイト先の40歳のおじさんとほうとうを食べにドライブした帰りの笛吹公園とか。

中でも火球を見たあの流星群は忘れられない。火球は一般的な流れ星よりも明るく、普通の流れ星がほんの一瞬で消えてしまうのに対して、2秒から長くて4秒くらい流れる明らかに一線を画した大モノなのだ。ときには緑色に光ったりする。あのときはほぼ頭上から地平線くらいまでシューっと音をたてて沈んでいった。

 

 

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確かあのときもふたご座流星群で、もう8年前のことになる。少し伸びた坊主頭の高校2年生。学ランにピンク色のオールスターのハイカットを履いた目立ちたがりなどこにでもいる高校生だった。

その時は今よりも流れ星に夢中で、ペルセウス座流星群(8月)、しし座流星群(11月)、ふたご座流星群(12月)とか毎年やってくる大きな流星群が近づくたびに「今回は見れるかな」とそわそわしていた。

そんな当時、多くの高校生がそうであるようにぼくも一人の女の子に思いを寄せていた。高校2年生から3年生にかけて2年の間好きだった子がいる。

「さっちゃん」

みんなからはそう呼ばれていて、クラスの中で決して目立つ集団にはいなかったし、活発な女の子でもなかった。弦楽部に所属するおしとやかな子という印象。正直ぼくも同じクラスになるまでは知らなかった。

当時いちばん仲の良かった運動神経抜群の陸上部の友達が1年生の頃同じクラスでさっちゃんのことを好きだった上、告白して見事撃沈したとか聞いていたこともあり、はじめは冷やかし程度に眺めていたのを覚えている。

 

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授業に部活にと時間が経って、文化祭や修学旅行の秋を迎える頃にはそれなりに「2年6組」も出来上がっていって、休み時間には誰が誰といるとかグループもなんとなく決まっていた。ちょうどその頃、さっちゃんのグループともなんとなく話すようになったのだが、極度に男子と関わらないさっちゃんはやっぱりまだ遠かったし、特段それを意識したりもしなかった。

文化祭の準備だったり、それなりに明るいヤツが担う役割を引き受けていたぼくは多分話しやすい存在だったと思う。ある日、教室内の机と机の間、今となっては懐かしいあの狭い空間を通り抜けようと歩いていると、突然学ランの裾を後ろからわずかに引っ張られるのを感じた。

振り向くとそこにはさっちゃんがこっちを見ながら座っている。「ん、どうしたの?」と聞く間もなく、「そのベルトおしゃれだね」とさっちゃんが小さく笑った。「でしょ?」とか気の利いた返しをした気がするけど、内心はすでに穏やかではなかった。それからも近くに行けば同じような感じで何度か話しかけられたと思う。「“綺麗”とか“かわいい”とか“愛おしい”とか、それ以外にも女の子に送る賛辞の言葉のすべてをぼくは全部この人に言いたい」と本気で思った。

相変わらずさっちゃんは他の男子とはあんまり喋らないし、他の男子が「〜〜かわいいよな」とか言ってるときに、「絶対さっちゃんには向かないでくれ」と思うようになっていた。

自然な流れで、ではなく、さっちゃんの友達に間接的にメールアドレスを聞いた。めっちゃガッツポーズした記憶がある。と言っても返事が一晩に1回か2回返ってくるかこないかくらいのペースだったから、「やっぱり脈なしかな」なんて悶々としていた。

 

 

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豊橋駅前の大通り

豊橋は県内では名古屋、豊田に次いで人口の多いそれなりに大きな街だ。東京から時々帰省してみても駅前の風貌はなかなかイケてると思う。しかし、郊外には延々と畑や田んぼが広がり、冬には太平洋から吹き付ける風が自転車通学には痛いほど冷たい街でもあった。

明確に分かれた市街地と郊外の境目くらいに住んでいたぼくの家は豊橋の郊外部を見渡せる高台にある。昼間はなんの変哲もない景色だが、夜になると点在する家々の夜景がそれなりに綺麗に見えた。夜ご飯を家で食べて、散歩しながらその夜景を眺めて、あの丘のもっと向こうの方にいるさっちゃんのことを想う時間が好きだった。

ぼくの家から高校までも自転車で30分かかるし、それなりに遠かったが、さっちゃんは郊外のさらに郊外、静岡県境が目と鼻の先という太平洋沿いの中学出身だった。聞けばだいたいいつも途中まで親に送り迎えしてもらっている、と。自転車だと1時間以上かかるし、「そりゃそうだよね」とか言いつつも、いつか自転車で一緒に下校して送っていきたいなあ、というのが16歳の少年が抱く最大の夢だった。

 


そんなことを思ったり、HYの「森」とかをやたら聴いていたら、もう12月。ふたご座流星群の日を迎えた。その時も月のない絶好の条件で流れ星が見えるという予想がされていた。

さっちゃんとはメールはしていても、学校に行って一言も話せない日もやはり多かった。かろうじて続いていたメールの流れで「今日流星群見れるっぽいよ」と連絡したら珍しくすぐに連絡が返ってきた。「流れ星とか見たことない」らしい。海に近く、それほど建物も多くないその辺りなら絶対綺麗に見えるだろうに。

それで本人も今日は見てみるということになって、「部屋から窓開けてみる」とか「明るい部屋から見ても絶対見えないよ笑」とかやりとりをして、普段ならとっくに寝ている深夜2時くらいを待っていた。

ぼくは例のごとく張り切って一人近くの田んぼ(お気に入りのビュースポット)に繰り出し、寝っ転がって時間を待った。静まりかえった見慣れた風景と遠くに聞こえる幹線道路の物流トラックの走行音。すでにちらほらと見えるし、今日は当たりだなとか思って、嬉しくてまたメールした。
ケータイを見るとせっかく夜空に順応した目がまたチカチカする。けど、両方気になる。さっちゃんからもよく返信が来た。「あ、今見えた!」とかそーゆう報告がいちいち嬉しい。


そうやって翌日の学校のことも考えずに夜中3時くらい、寒いしそろそろ家に帰ろうかなと思っていたくらいに光が走った。月のない真夜中というのに、周囲がはっきり確認できるくらい明るくなった。なんだあれ…。頭上から出発したそれは地平線に向かって4秒くらいかけて落ちていった。白い光が地平線付近では緑色に変化して煙のような尾を引いて消えた。隕石?あのときは本当にそう思った。


さっちゃんからもメール。「今の見た?」と。たくさん星は流れたけど、確実に同じもののことを言ってると思えたのはその火球一つだけだった。別にそのときも電話もしてないし、学校でもそれほど多くを話せるわけでもない。それでも深夜3時、誰にも支配されていないこの街の冷たい空の下で、同じ神秘的な光景をさっちゃんと見られたという事実を幸せに、そして大切に思った。

あと数時間後にはいつもみたいに朝練に行って、眠い授業を受けて、また部活をするあの当たり前の一日が始まるなんてとても信じられないような非日常の数時間(でも毎日確実に“やってきては過ぎていってる”その誰のものでもない贅沢な時間)だった。

 

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翌日、いつもより眠すぎるいつもと同じ数学の時間。数学の先生はそれなりに厳しいことで知られる20代後半の女の先生。宿題をしてこないと結構うるさいから、不真面目なやつもだいたいこの先生の出す課題は提出していた。例のごとく、生徒を査定するような視線とともに「まさか、やってこなかった人はいないでしょうね?」とジロッと見渡される。

面倒だから友達の答えを写して難を逃れていたが、一人だけ宿題を忘れて生徒が立たされた。なんと、さっちゃんだ。さっちゃんは真面目で、成績も優秀でよく知られていたからその場には変な空気が流れた。

「あなたが宿題やってこないなんて珍しいわね」と先生が驚いている。先生もなんとなくさっちゃんが常習犯でないことくらい察したのか、他のやつが忘れたときとは全然違った「気をつけてね」くらいの対応だった。

座りぎわ、目は…合わなかった。でもぼくは知っている。昨日さっちゃんは流れ星に夢中だったのだ。朝方近くまで空を行き交う星たちに魅了されていたのだ。あの圧倒的スケールの宇宙に対峙して、そんな中で寒いとか、綺麗とか、きっと色々思ったり呟いたりしていたのだ、と。そのことを今ここではぼくだけが知っている。

 

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高校の隣にある大池公園

結局、またいつもの日常が始まって、一日は毎日当たり前に終わって。高校3年で別々のクラスになったさっちゃんに「一緒に帰ろう」とも「付き合ってほしい」とも言えずに高校生活は終わった。ぼくは東京に来たし、さっちゃんは静岡に行った。

期待したことは何一つ起こらなかったけれど、それでもあの夜、同じ流れ星を見たという事実だけが関係性の中に残っている。これからも流れ星を眺めるたびにあのときのことを思い出すのだと思うと、また次の流星群を楽しみにできる気がした。

 

「風の噂で地元の銀行に勤めていると聞きました。
さっちゃんは今も流れ星を見たりすることはありますか?」

ないか。