日常は充実しているか?
6月から毎週土曜日は宣伝会議主催の編集ライター養成講座に通っている。ある日の講義に登壇された吉良俊彦さんがイントロの自己紹介でお話されていた自身の職業人生におけるターニングポイントに関する言及が興味深く、それがあまりに身に覚えのあるテーマだったので、自分の考察をここに残しておきたい。
※講座内容について紹介は厳禁なので、講義本筋についての紹介は控えます
▼吉良俊彦さんプロフィール
マンガデザイナーズラボ代表。上智大学法学部卒業後、株式会社電通に入社。様々なラグジュアリーブランドをはじめ、各社のメディア戦略およびプロジェクト、FIFAワールドカップ等のスポーツ・文化イベントの企画プロデュースを行う。電通退社後マンガデザイナーズラボを2011年に設立。
大阪芸術大学デザイン学科客員教授/日本女子大学講師/中国伝媒大学客員教授
「この人には一生勝てない」
電通入社後、新人ながらコピーライターとして成果を出し続けていたという吉良さん。元より“情報をまとめて一言で表現する能力”には自信があったと言う。
そんな吉良さんが一瞬にしてコピーライターとしての自身に懐疑的になった出来事、それが糸井重里さんとの出会いであった。
▼糸井重里さんのコピー
じぶん、新発見
当時すでに売れっ子コピーライターとして活躍し、ジブリ映画のコピーも手がけていた糸井さんと出会ったのは電通2年目の頃。
「あー、この人には一生かかっても勝てないだろうなあ」って悟ったんです。
自身もコピーライターとして実績を積み上げていた吉良さんは、この出会いを境にコピーライターからプロデューサーへと転身する。一体吉良さんの中で何が起こったのだろうか。
電通っていう巨大企業に所属して、会社の後ろ盾を受けながらコピーを書いてる俺が、命を懸けて世の中に身体一つで体当たりしている糸井さんには絶対勝てないなってわかったんですよね。
吉良さんは「一番になれないならその仕事をしている意味はない」という理由でプロデューサーの道を選択した。
日常は充実しているか?
編集者やライターというと、往々にして“激務”のイメージがつきまとう。ぼく自身仰々しくもその肩書きを背負うとすれば2年弱、やり方なんてわからないまま、ひたすらPC画面に向き合ってきた。
主にフィリピンに駐在しながら、取材に行ったり、外部ライターと連絡をとったり。ライティングと編集の両方を一人担う日々に余裕なんてなかった。いっときは夜中3時に寝て、朝は9時に起きるという生活を続けていた。職住一致の特殊な環境だったので、起きるとすぐにモニターに正対していた。
「やらねば」という空気感が会社に漂っていたことも事実ではあるが、それ以上に自分が自分に義務付け、強制していた面が大きかった。良くも悪くもまともにライター・編集者としてのスタートがきれなかったこと、自分を管理・評価する存在が周りにいないことを十二分に意識して、せめて周りのどんな人よりも“仕事”していなければという観念が働いていたのだ。(当然、そんなマインドセットの中で良い仕事はできなかった)
ライターと編集者、具体的な業務領域は異なるし、媒体によって何を伝えるのかは違ってくる。しかし、読者にとって「面白い!」「へー、そうなんだ!」という新鮮さ、発見をもたらす「コンテンツをつくる」という使命では一致するはずだ。
講座受講生に吉良さんは問う。
皆さんの日常は充実していますか?
ハッとした。読者の日常生活におもしろいコンテンツを届ける役目を担っているはずの自身の日常がまるで灰色だったことに。同時に、この“日常”の差が吉良さんと糸井さんを隔てたものだったのだろう、とも思う。
「ちゃんとメシ食って、風呂入って、寝てる人にはかなわない」
“ほぼ日”の愛称で親しまれる『ほぼ日刊イトイ新聞』を読んだことのある人は多いだろう。ぼくも日常的に記事を読んだり、糸井さんの本を読んだりする。糸井さんの手がける言葉は、誰を批判・攻撃するわけでなく、柔らかく暖かいものが多い。
大学を中退し、大きな組織には属さずに一人世の中の風にその身を晒し続けてきた糸井さんの綴る・選ぶ言葉には誰しも共感を覚えずにはいられない深みが備わっている。
そんな糸井さんに関する記事で印象深いものがある。
過剰労働が日々のニュースを賑わし、よく働くこと(「たくさん働き」の意)が未だ評価基準としてどっしり居座っている日本社会において、糸井さんがこのメッセージを発していることに一体どれだけの人が希望を見ただろう。
もちろん、引用記事に記述されている通り、糸井さん自身も一貫してこの習慣を守ってきた人ではない。『ほぼ日刊イトイ新聞の本』を読めば、ほぼ日をつくるのに、糸井さんがどれだけタフな日々を送っていたのかもわかる。
引用記事をはじめ糸井さん自身も「忙しいこと」を悪としているわけではない。その忙しさが“仕事の下僕”によるものではないかというところが肝だ。それにはぼくも同意する。前のめりな忙しさは一概に拒絶するものではないと思っている。義務感から来る「仕事しなければ」はコンテンツの作り手にとって最大の敵である。
その忙しさによって、編集者・ライター自身が「おもしろいこと」「感動」「発見」という日常で与えられるはずの事象を侵されていないか?ということを立ち止まって一度考えてみる必要がある。ぼくたちがおもしろい日常や人生のドラマを生きられていなければ、そこから人を動かすコンテンツが生まれることは絶対にない。
簡単に解決できないのはうんざりするほどわかっている。それでも、この日曜日の午後みたいな曇天に一筋の光がさしたような気がする。
早速と繰り出した東京の街は紅に黄色に色づいていた。
(色々発展・関連させられそうなテーマなので、今後の更新で関連記事を書いていく予定です。)
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